Подвиг

日々の思考

冬の日の東京。無数の既視感と思い出が、ゆっくりとわたしを殺していく

 

「みんなどこかしら暗いところに閉じ込められて、食べるものや飲むものを取り上げられて、だんだんゆっくりと死んでいくものじゃないかしら。少しずつ、少しずつ。」

ねじまき鳥クロニクル』で笠原メイがこんなことを言っていた。井戸の中に入り、空腹と戦いながら、一日に一度太陽の光が差し込む瞬間をひたすら待ち続ける。身体も心もゆっくりと衰退していき、やがていつ死んだのかもわからないままに死んでいく。

 

東京都内の学校に通うようになってから早7年、場所にまつわる思い出は年々増えていく。

新宿南口、サザンテラス。新宿三丁目から新宿駅にかけての地下通路。池袋東口茗荷谷宮益坂下の交差点、ゴントランシェリエ。原宿から表参道にかけてのイルミネーション。

新宿も渋谷も池袋も、今となっては知らない通りなんてほとんどなくて、思い出はストリートビューのように蓄積されていく。12月の寒さとイルミネーションは感覚に訴えかけ、記憶と感情を呼び起こす。

 

こうして東京は思い出の街になっていき、暴力的にも自分が変わってしまったという事実を目の前に叩きつける。その事実を受け入れられない自分もまた、次の冬には思い出になっている。東京とはそんな所で、この街に骨を埋めるというのはそういうことなのだろう。

 

高田馬場都営大江戸線、池袋北口に殺される日もいつか来るのだろうか