無題

日々の思考

4月に入っても雪が続くのならば、街全体を教会にしてしまいたい。

 

Опять он падает, чудесно молчаливый,
Легко колеблется и опускается...
Как сердцу сладостен полет его счастливый!
Несуществующий, он вновь рождается

 

サンタ・マリア・マッジョーレ教会は、ローマ中央駅、テルミニ駅からまっすぐに伸びる大通り沿いに位置し、ローマ四大バシリカの一つとして今も人々に愛されている。二つの丸屋根を持つ、大理石造りの巨大なその教会の内部は、至る所にモザイクが施され、バロック最大の彫刻家ベルニーニもここに眠る。

 

8月に雪が降るなんて誰が信じただろうか。35度の猛暑、照りつける太陽の下、そこにいる誰もがその伝説を疑ったに違いない。殊、熱帯の大都市で生まれ育った11歳の少女には、8月に雪が降る場所が世界中のどこかに存在し得る他いうことすらも、到底理解できなかった。

 

西暦356年、教皇リベリウスは夢の中で聖母マリアから、「雪の降る地に聖堂を建てよ」というお告げを受け、その数日後、お告げは現実となった。

 

桜が散ったところでそこには依然として木が生えている。ところが溶けた雪は跡形もなく消え去り、そこには無機質なアスファルトしか残らない。そこに純白の美しい雪が降り積もっていたことを忘れたくないから教会を建てる、或いは写真を撮り、或いは詩を書く。

 

晴れた日に、太陽が優しく街を包み込む中、花が散るかのようにはらはらと降る雪の中を歩くと、神様に祝福されたような気持ちになる。-3度はもはや清々しく、着々と春の足音が近付いているのを感じる。

 

その感情の高まりの中では、小手先の技術など何の役にも立たなかった

 

頼むからヨハネ福音書の冒頭に真面目な解釈なんて付けないで欲しい。「はじめに言葉があった」-In principio erat verbum. こんな素敵な一節、それだけで十分じゃない。

 

酔った勢いで暴走するなんて最悪、その上それを覚えていない振りをするなんてもっとカッコ悪い。ただし可愛ければ許す。

 

平積みされた新刊は読みたくない。この前アクーニンの最新作が平積みされているのを見てしまったので、日本から持って来た彼の作品の翻訳を読むのはやめた。

 

何度も謝られると、自分の不寛容さを咎められている気がして居心地が悪くなる。相手とてそれを狙っているという可能性もある。

 

近づいてくると逃げて、離れると擦り寄っていく。Tu crois le tenir, il t'évite, Tu crois l'éviter, il te tient! ハバネラ。

 

爪のマニキュアが剥げかけている女は塗り直すまで恋愛について語るな。

 

大声で好きと叫ぶ相手と、本当に好きな人と、実際に深い関係になる人、全員別人。それに昔好きだった人への特別な感情と大親友が絡み合ってくる。説明が面倒。

 

爪を噛む、唇の皮をむしる、激辛料理を食べる、くだらないメロドラマを見て泣く、ピアスを開ける、身体のどこかを切ってみる、酔って終電を逃す。だいたい同じ。

 

お腹を空かせた虎が一匹。

 

飽きてきたので一回休み。

 

 

日常の話に見せかけて文学の話、文学の話に見せかけて日常の話

 

長い文章の書き方を忘れた。タイトルは雪の中を歩いていたらふと思いついただけのものなので、内容には一切関係がない。

 

この前文学部の哲学の授業に潜りに行ったら教授が"Что такое любовь (愛とは何か)"と言っていた。まさにそれだ。ロシア語が流暢に話せるだとかロシア語検定に受かるだとかそんなことより何よりも考えなくてはいけない問題。ただその授業を履修したところで答えの出るものでもないし、哲学者の生涯について知れば知るほど、こんな奴に愛についてなんて語られたくないという気持ちになる。却下。

 

大抵の人間は愛とは何かなんてわからないのに誰かを愛してしまう、愛してるとか言っちゃう、他人の「愛のようで愛でない愛に似た何か」に対してやけに厳しい。仕方がないのでグレーゾーンな部分について突っ込んで行くが大概お茶を濁される。貞操観念が緩いみたいな扱いを受ける。あなたの愛とやらはそんなに高尚なのね。

 

眠っているだけで王子様が来てくれるのはお姫様のところだけ、いやお姫様だとしても100年かかる。普通の人はとっくに死んでる。眠らせてくれたカラボスにむしろ感謝。

 

小説の中で数年が経過する作品を読み返してみると、以前なら若かりし頃のヒロインに共感していたはずが、気付けば歳を重ねたヒロインの発言がずっしりくるようになっていた。これが歳をとるということらしい。しかし今でもタチアーナのように最高にカッコ悪い恋がしたい。

 

フランソワーズ・サガンが好きな女は地雷である。ソースは私。サガンは最高の女性だがサガン好きの女は痛い。太宰と太宰好きの男にも同様のことが言える。

 

恋愛などと言うけれど恋と愛とは全くの別物である。愛はいらんが恋はしたい。ロシア語はその辺が曖昧なので気に入らない。

 

最近私の中でアツイ「恋しなくなった問題」については感情の死が関わっているだろうという結論に至った。東京に一度戻ったらまた私の中のめんどくさい感情たちが湧き上がって来たので、東京に帰れば恋ができるのではないかという僅かな希望が生まれた。と思ったもののペテルに来る前の半年間も誰のことも好きではなかった気がして来た。もうどうでもいい。

 

ティーン時代の私は「戦略で結婚するなんてそんなの嫌!」などと思っていたがこのくらい感情が死んでくるとそれでもいい気がしてきた。相手が私を選ぶかは知らない。

 

この記事の書き方が『善悪の彼岸』のどこかの章に似てる気がしてきた。あの本で最も印象に残っている一文「人は自らの下半身を見て自分が神でないことを悟る」(正確には忘れた)。色々突っ込みをいれたいけど今日は許してあげる、ニーチェ先生

 

気がついたら1000文字超えてた。

 

歴代の記事の中でくだらなさがダントツ1位であることは目に見えてるしお蔵入りにしようか迷ったが久々に書いたので残すことにする。

 

ネットは便利だ。アカウントごと削除して仕舞えばなかったことにできる。手書きの日記なんかじゃそうはいかない。

 

ああでもやっぱり愛してるって言われたいかも。

 

 

 

量産型サブカル女子大生がロシア語劇サークルで主役を演った話

 

「種子が熟す瞬間が来て、俳優は、役の外面的、内面的特徴を配慮する必要がなくなる。俳優の芸術的自然自体が、それを配慮するようになる。必要なのはただ、祝祭的気分である。舞台を感じる喜び、必要なのは表現したいという、言い換えれば想像したいというエネルギッシュな願望に満たされることなのだ。こんな瞬間には演じる必要はない。」

 

大学生になったら、大学オケに入ろうと決めていた。チェロを弾くことはほとんど唯一の自己表現の手段だったし、高校でのオケ部生活はとっても実りあるものだったから。他大の団体の新歓にも顔を出し、合奏を見学して、結局入ったのはロシア語劇団だった。

ロシア演劇なんて見たことも聞いたこともなかった。チェーホフだって世界史で名前を覚えた程度で読んだこともなかったし、そもそもロシア語だってシャレでやるつもりだった。

 

水曜日の3限、ロシア語の会話の授業に、先輩が授業宣伝にやってきて、去年の本公演の台詞を言っていった、ロゴージンの台詞。一言目を発した瞬間、空気が変わったのがわかった。何言ってるかなんてさっぱりわからなかったのに、わからなかったのに引き込まれてしまって、気付いたら新歓に行っていて、気付いたら入団してた。オケに入るつもりだったのに。

 

7月に新人公演をやった。失敗した。余裕だと思ってたのに舞台に出て観客の顔が見えた瞬間、固まってしまった。台詞を言うのを完全に忘れてて5秒くらい間が開いた、完全なる練習不足。めちゃくちゃ悔しかった、本当に。

 

そして本公演。カテリーナ。戯曲を一度読んだ時から、これしかないと思った。技量とか、自分に似てるとか似てないとか、好きとか嫌いとかそんなこと関係なしに、やりたいと思ってしまった。

稽古は楽しかった。いや、いつもいつも楽しいわけではなかったけど、充実していた。苦しむだけの価値があるものだった。

自分からやりたいと言ったのに、最初はカテリーナの純粋な気持ちがわからなかった、鳥になりたくって、神様が大好きな、自分を自分で責めて自殺にまで追い込んでしまう、そんな美しさが。わたしには本当に心から演じることなんて出来ないんじゃないかって思った。だけどそれでも、無自覚ながらもきっとどこかで彼女に共鳴していた。多分。だからやりたいと思ったんだろうし、だんだんそうやって自分の中のカテリーナが見えてきた。人って他人を見ることでしか自分を知り得ないんだと思う、いつだって。

舞台の上にいる間だけは、自分の心の中心にほんのちょっとだけある美しい部分が肥大化する。そして、いつも恥ずかしいから、傷つくのが怖いから何層にも何層にもいろんなもので覆って隠しているそれを隠さずにいられる、綺麗な人間でいられる。他人になることで自己を表現する、演劇ってすごい。

 

公演は成功だったのだろうか。そもそも成功って何なのか。全ての回ほぼ満席になるほどのお客さんが来てくれて、多くの人が満足して帰ってくれたのではないかと思う。中には涙を流してくれた人もいたし、アンケートやカンパの結果もそれを物語っていたと思う。

だけど、結局は、成功したかどうかっていうのは、やってる側が満足出来たかなのではないかと思ってしまう。クオリティとか集客とかカンパとか、そういうのは私達「やってる側」を満足させるための要因であって、それだけでは成功か失敗かなんて言えないんじゃないだろうか。って考えてしまうのはわたしがゆとりだから?

 

サークルの皆には感謝しかしてない、本当に一人残らず、それぞれに原稿用紙10枚分くらいのありがとうがある。けど、ここに書くのもなんか違うし、口にしてしまったら嘘になってしまう気もするし、何より照れ臭いから言わない。また役者をやって、次はもっといいものを作ることでお礼にするってことで。

 

舞台がすべてわたしのものになる瞬間、クセになりそうです。芸術に従事する喜びってどんな麻薬よりも強力ですよね。

 

 

 

冬の日の東京。無数の既視感と思い出が、ゆっくりとわたしを殺していく

 

「みんなどこかしら暗いところに閉じ込められて、食べるものや飲むものを取り上げられて、だんだんゆっくりと死んでいくものじゃないかしら。少しずつ、少しずつ。」

ねじまき鳥クロニクル』で笠原メイがこんなことを言っていた。井戸の中に入り、空腹と戦いながら、一日に一度太陽の光が差し込む瞬間をひたすら待ち続ける。身体も心もゆっくりと衰退していき、やがていつ死んだのかもわからないままに死んでいく。

 

東京都内の学校に通うようになってから早7年、場所にまつわる思い出は年々増えていく。

新宿南口、サザンテラス。新宿三丁目から新宿駅にかけての地下通路。池袋東口茗荷谷宮益坂下の交差点、ゴントランシェリエ。原宿から表参道にかけてのイルミネーション。

新宿も渋谷も池袋も、今となっては知らない通りなんてほとんどなくて、思い出はストリートビューのように蓄積されていく。12月の寒さとイルミネーションは感覚に訴えかけ、記憶と感情を呼び起こす。

 

こうして東京は思い出の街になっていき、暴力的にも自分が変わってしまったという事実を目の前に叩きつける。その事実を受け入れられない自分もまた、次の冬には思い出になっている。東京とはそんな所で、この街に骨を埋めるというのはそういうことなのだろう。

 

高田馬場都営大江戸線、池袋北口に殺される日もいつか来るのだろうか

 

 

姫は死ぬのではなく100年の眠りにつくだけです。100年後王子様のキスによって再び目覚めるのです。


小さい頃、毎年年末になるとマリンスキーバレエの来日公演に連れて行ってもらってた。お姉ちゃんとお母さんと3人で。新国立だったっけ。


「眠りの森の美女」って血友病の話だよね、と言ったら夢がないと怒られました。きっと、実際に若くして亡くなった王女がいて、その悲しみからできたお話なんだと思うんだ。


オーロラ姫が生まれると、妖精たちが宮殿にやってきて、ひとりひとつずつ姫にギフトを贈る。「優しさ」とか「勇気」とかそんなもの。

ところが悪い妖精のカラボスが、自分がそのお祝いに招待されなかったことに腹を立てて、オーロラに、20歳の誕生日に針を手に刺して死ぬ、という呪いをかける。

ここで都合よくリラの精登場、「そういえばさっき贈り物するの忘れてたわ。ではこうしましょう。姫は死ぬのではなく100年の眠りにつき、100年後王子様のキスによって再び目覚めるのです。」という。


美味しいところを全て持っていくリラの精。てかなんで贈り物するの忘れてるのよ。っていうのが正直な感想。

ただ、時限爆弾的な贈り物って実は一番欲しいものなのかもしれない。


わたしの話をすると、まさにわたしは現代版オーロラ姫って感じだった。望まれて生まれてきて、愛されて、愛されて、物質的にも精神的にも恵まれた。容姿は置いておいて、たくさんいいものをもらったと思ってる。

でも、それでも、どんなに恵まれていてもうまく生きられなくなる時が必ず来る。その時に必要なのが、呪いを弱めて王子様を連れてきてくれるリラの精であり、ホールデン君の言うところの"the CATCHER in the rye"なのだろう。

呪いから姫を守り、崖から落ちかけた子供たちを拾い上げる存在。

わたしはそんな人達にも恵まれた。わたしにとってのリラの精は誰だったんだろう、そして現在進行形で誰なんだろう、と思うとたくさんの人が浮かんでくる。だからこうして生きていられる。誰も王子様は連れてきてはくれなかったけど。


今度はわたしがリラの精になる番だ。




自由意志を持ちながらもなお善を選び取ることこそが尊い


というのと同じで、欠点に気付いた上でもそれを愛してしまうというのは最高に強い、そして救いようがない。


アウグスティヌスの話はしません。


わたしにとって、高校生活というものは決して楽しいものではなかった。多分。もう当時の感情はよく覚えていないし、そもそも当時から定まった感情を持っていたとも思えない。それにもちろん楽しかった思い出だってちゃんと覚えている。

だけど、それでもどこかに漠然とした不安感が、揺らぎがあって、それが大いにわたしを苦しめていた。特に理由もないのに授業をサボってみたり、軟骨にピアス開けてみたり。他にも色々。。。

きっと誰しも多かれ少なかれ同じような問題を抱えていたんだと思う。表に出さなくとも、内心心穏やかではなかったのではないだろうか。部活や行事で揉めるのだって、元を辿れば個々人の問題なのだ。


今、わたしは19歳に、或いは大学生になって、いくぶんか生きづらさが解消されたように思う。少なくとも17の頃に比べたら、何も考えずに息が出来るようになったように感じる。

でも、それでも、信じられないだろうけど、高校時代に戻りたくて仕方がないのだ。あの頃一刻も早く抜け出したかったあの苦しみの中に、もう一度身を浸したくて仕方がないのだ。


ハロウィンに制服を着て、もうわたしは女子高生じゃないってことを実感しました。時間って恐ろしいですね。