Склад Слов

ことばの貯蔵庫

 

「唐突にこんなこと言うと気持ち悪いかもしれないんだけど。」

その日わたしはオレンジ色のトレンチコートを着て、東京駅のベンチに座っていた。もう二度と会うことはないのではないかという予想とは裏腹に、その2週間後には再びこうしてベンチに並んで座った。

「前世ではあなたとわたしはおなじひとつの魂だったと思うのよね。」

「あーわかるかも。」

友人の結婚式帰りの彼は見るからにいい記事のスーツに青いストライプのネクタイ。袖口からは、電灯の明かりを反射させてキラキラと輝くカフスボタンが顔をのぞかせていた。

「本当にわかってるの?わたしの言ってる意味。」

「この前おなじ星から来た宇宙人って話をしたでしょ。つまりそれを文学的に言い換えたってことなんだけど…。」

「大丈夫、わかってるよ。というかいますごく納得した。」

「だからね、つまり『嵐が丘』のあの有名な台詞、『人間の魂は何でできてるかわからないけど、ヒースクリフとわたしの魂はおなじもの!』ってやつなのよ。読んだことある?エミリー・ブロンデ。今まで付き合ってきた人たちやこれから出会って、もしかしたらいずれ結婚するような人たちとわたしの魂は、きっと月と稲妻くらいかけ離れているのよ。わたしはキャサリンのように賢くないから、それを黙って、いかにあなたを愛してるか黙って他の人と結婚するなんてできない。どれだけわたしの魂が貶められようともあなたと一緒にいたいの。わかる?」

「わかるよ。わかる。エミリー・ブロンデは読んだことないけど、君が思ってる以上に僕は君の言葉を理解してると思う。ただ、だとしたら、どうしてそのひとつだった魂はふたつに分かれたんだろう。」

「さあ…ふたつになったら抱き合えるからじゃないかしら。」

「かもしれない。普通ひとつの魂はひとつの肉体に宿るはずじゃない?一度分かれたらひとつには二度となれないわけだし。」

「どうすればひとつに戻れるのかしら。どうすれば幸せになれるのかしら。キャサリンヒースクリフは別々の人と結婚して、その子供たちの世代でその魂は寄り添うことができた。わたしたちもぜんぜん違う人と結婚して、子供たちに期待すべきなのかしら。でもそれって、つらすぎる。」

わたしは自分の、つまり彼の魂に想いを馳せた。前世では何があったのか。どうして神様はそのひとりの人間の魂をふたつの肉体に宿したのか。ちょっとした神様のいたずらかもしれないし、前世でわたしたちの魂をもっていたひとの強い願いの結果かもしれない。もしかしたら彼はものすごく孤独で、おなじ魂を引き継ぐわたしたちは孤独にならないようにしてくれたのかもしれない。

 

「僕はね、あなたと、離れている時もずっと抱き合っているような関係になりたいんだ…裸で…」

「かもしれない。わたし、この前あなたと話した時、指一本触れなかったというのになんだからあなと抱き合っているような気がしたの…つまり、セックスという意味で。」

22時を回った週末の東京駅は、ほとんど人もなく、雲が半分かかった三日月よりも少し太い月が輝いていた。

「精神的距離と身体的距離のバランスを取ることってとても大事なことだと思うの。」わたしは続けた。「つまりね、この前なんだかおかしなことになってしまったのは、心は裸になったというのに体といえば、手を繋いで頬にキスしただけ。それじゃあおかしくもなるわ。だってそれに見合わないくらい親しい話をしてしまったんだもの。寝てしまうべきだったのよ。」

「そうかもしれないね。でも簡単にそんなことしたくない。セックスってそもそも子供を作る行為なわけだし。それにそこまでしても寝ないってむしろ官能的じゃないかな?」

「そのギャップがエロいってこと?」

「そう、肉体的につながらないことによって他愛のない話やLINEの全てがエロくなるんだ。そういうの嫌い?そういうドエロいの。」

わたしはしばらく黙っていた。そういう回りくどさのようなものは嫌いではなかったが、だからといってこのままなんとも形容し難い関係を続けることも気が進まなかった。彼女になれないのなら遊び相手でいた方が、それでも友達よりは近い関係であるように感じていたからだ。

 

「わたしね、あなたと向かい合うよりも、あなたという鏡に映った自分自信を見つめるよりも、 ー なによりもあなたと同じ方向を見て同じ世界が見たいの。あなたにはどんな風に世界が見えているのか知りたい。同じように世界を見て、同じように感じたいの。」

「この前美術館に一緒に行った時、あなたが唐突にロトチェンコの話をしたでしょ。あの時とても嬉しかった。いや、あれだけじゃないわ。最初にあってすぐに話したドゥルーズの話だってそう。こんなにも話が通じる人が、今まで、この21年間一度も出会うこともなかったのに、存在していたなんて。あたかも示し合わせたかのようになにもかも同じ人が存在していたなんて。はじめてひとりじゃないと思えたの。わたしは遊び人で、たくさんの人と関係を結んで繋がって、そうして相手のことを深く理解したつもりになってきた。でもそんなの全然違うのよ。家庭環境だって似てる。そんなにお金持ちじゃないけど両親に愛されて、教育に関することには惜しみなくお金をかけてもらって、本に囲まれて育ってきた。その上ゲームは禁止で、同級生とは話が合わない。小学生の頃から好きな画家とクラシックの作曲家がいた。そしてそれがいかに幸せだった自覚しているし、それに対して努力が足りないことに罪悪感さえ覚えてる。周りから愛されたり、欲しいものが手に入ったりすることをどこかで罪だと感じている。いつかそのしっぺ返しがくるんじゃないかって思ってる。」

彼はわたしの手を握った。わたしの言っていることを同じように感じていることを示すために。

「あなたもわたしも屈託のない振りがとっても得意。今まで甘やかされて可愛がられて生きてきましたよー。って顔をしている。だってそうしなきゃ周りに失礼だから。違う?」

「その通りだよ。そう、屈託のない振りをしている、そうやって、経済力とはまた違う育ちの良さみたいなものを見せることで自分を守ってるんだ。本当は僕、屈託しかない。だって、苦労してきた人間だと思われたら負けだと思わない?かわいそうだなんて思われたくない。」

 

 

孤独な29歳最後の夜。まだ夜はひんやりと冷たい4月の終わり。

その日はひとりで自由が丘駅前のバーに行くことに決めてあった。10年前の同じ日と同じ場所。

10年ぶりに訪れたそのバーは、ーなんならもう閉店しているのではないかとも危惧されていたがーなにひとつ変わっていなかった。カウンターの後ろに並べられたウイスキーとリキュールの瓶たち、コート掛け、ベロア地のソファー、駅前という立地には見合わない閑散振り。

10年前と同じ、店の奥のソファー席に腰をかける。バーテンダーは、変わったのだろうか、覚えていない。

もう長らく飲んでないスクリュードライバーを注文する。これも10年前と同じ飲み物。20歳になりたてでウイスキーなんて飲めなかったあの頃。甘いお酒を飲みたいけどカシオレじゃあ田舎くさいだなんて思って、バーに行けばいつもモヒートかスクリュードライバーを飲んでいた。

20代最後の夜を過ごしてくれる友達がいないわけではなかった。なんなら恋人だっているし、実際に彼の方からデートにも誘われていた。しかしそんな賑やかなパーティーや楽しいデートは彼女の20代最後の日には相応しくなかった。なすべきことは ー 20代の自分自身の供養。

今となっては彼女は高校生の時に読んだある小説の一節を理解することができた。「今私二十七よ。もう昔のように笑わなくなったわ。それに前は、人びとといっしょになるためにお酒を飲んだんだけど、今じゃ人びとを離れるために飲むのよ ー 」

 

10年前の同じ日、目の前に座っていた男性は、3つ年上の大学生だった。オーケストラの繋がりで知り合った無愛想な男。合奏で後ろの席に座った彼は、休憩中にドヴォルザークのチェロ協奏曲の1フレーズを弾いていた。第一印象は、筆圧が強そうな人、といったところだろうか。

練習後の飲み会でパート員は口々に「彼は技術はあるけど人間としては問題がある」と言った。彼も何ら悪怯れる様子もなく「最大で5股までかけたことあるんだよね。」などと言っていた。お世辞にも顔はいいとは言えないし人当たりも悪く、所謂遊び人という感じではなかったものの、どこか女性を、弱い女性を引き込んでしまうような不思議な魅力を持っていた。

彼を食事に誘ったのは本番の後、4月の初めだった。大して話したことがなかった割には、二つ返事で了承を得られた。

自由が丘で待ち合わせをした彼は、ブルージーンズに白い無地のTシャツ、肩にはサコッシュをという格好をしていた。言葉で形容するとファッションに気を配らない所謂な理系大学生のようだが、しかしそれが驚くほど似合っており、洗練されていた。

食事の時に何を話していたかはほとんど覚えていない。他愛のない世間話や就職活動の話。ロシア文学は表現が貧相で面白くないなどと言っていた。記憶に残っているのはアイコスの焦げたような独特の香り。

食事の後 ー 10時を回ったくらいだっただろうか ー 彼はわたしを駅まで連れ戻し家に返そうとしたが、わたしは頑なにそれを拒み、駅の近くの小さなバーの階段を降りていった。

共通の話題などほとんどないわたしたちは、その頃には話すことはほとんどなくなり、バーに滞在していた時間のほとんどを無言のままに過ごしていた。ひとつだけ覚えているのは、彼の好きな小説家は筒井康隆ということだった。しかし日本の大衆小説などほとんど読まないわたしには、それ以上話を続けることは難しくその話もすぐに終わってしまった。

終電の時間が近づき、会計を済ませ彼はまたわたしを駅の改札まで連れ戻した。帰りたくないと粘ったものの、最終的には根負けし、改札へと帰って行った。

ホームに着いたものの、どうしても、どうしてもこの20歳になりたての夜をひとりで過ごすということに耐えられず、ただ立ち尽くし最終電車のドアが閉まるのを眺めていた。そして彼に電話をかけた。

「終電逃しちゃいました」

「そう」

「家に連れて帰ってください」

「都条例」

「わたしもう20歳です」

「いやでも倫理的に」

「あなたも彼女と別れたしわたしもフリー、何も問題ないじゃないですか」

再び改札を出ると彼はそこで軽蔑するような目をして待っていた。きっとこうなることは予測していて帰らずにいたのだろう。

駅からまっすぐ伸びる道を進み、人気の少なくなった、病院の角を曲がった。

彼の家はアパートの二階、学生の一人暮らしにしては広い1LDKの部屋。その粗野な性格や話し方からは想像がつかないような、物の少ない、綺麗に整頓された部屋の中。寝室には額に入ったゴッホのポスターが床に立て掛けてあった。

家に着くなり彼はわたしを無視して自分の作業を始めた。わたしはこんな時にどうしていいのか、どんな話をしていいのか分からずただソファーに腰掛け、空を見つめていた。

ひとしきりの寝る準備を済ませた彼は「もう寝るから今日はソファーで寝て」と言い電気を消そうとした。近くに通りかかった際に腕をつかもうとしたが華麗に避けられてしまった。

そう言われても全く動こうとしないわたしを見兼ねた彼は、呆れて、再び軽蔑の目を向けながら、「どうして欲しいの?」と聞いてきた。

わたしは振り絞るような声でぼそぼそと、「抱きしめてくれたら大人しく寝ます」と答えた。

彼はため息をつくと嫌々ながらもかけていた掛け布団を捲りさの中へとわたしを入れてくれた。わたしはその胸に飛び込み啜り泣いた。いや、涙など一滴も出ていなかったのだが。

遊び慣れていない安直な当時のわたしは、同じ布団に入って仕舞えば事は思い通りに運ぶだろうと思い込んでいた。しかしいつになっても何もしてこない彼に耐えられなくなり、自分からキスしようとした ー しかしそれもままならなかった。

「処女?」と彼は尋ねた。

わたしはきっぱりとそれを否定し、次に予測されるアクションへと身構えた。

「俺避妊しないよ?」

「別にどうでもいいですもう。」

自暴自棄になったわたしを哀れに思ったのだろう、仕方ないといったため息をつきながらゆっくりと、優しい手つきで彼はわたしの服を脱がせた。

その先のことは一見順調に見えたが、彼は最後の最後のところで行為をやめ、そしてわたしの額に自分の額を付けた。きっとわたしがキスをしたがらないと思ったのだろう。

 

翌朝わたしは、朝早く、彼が目を覚ますより先にその家を出ていった。自分を強くしてくれるような、黒い皮のショートブーツを履いて。

外へ出ると太陽が眩しく光り輝いていた。それは20歳になったことを祝福してくれるような陽だまりなどではなく、ただ自分の不貞行為を、自分の寂しさを紛らわすために、鈍感で強いように見せかけて本当は繊細で傷つきやすい、人を救うためなら自らが悪人になることすらも引き受けるような、そんな素敵な人間を傷つけたことを責めるような日差しだった。自由が丘の駅前は学生や出勤中の社会人達で溢れかえっていた。わたしはその人混みの中に紛れ込んでいった。ただその中のひとり、自分だけが罪深く穢れていることを感じ、それが糾弾されることを恐れながら。

 

それ以来二度と彼と会うことはなかったが、彼の記憶はは折に触れて思い出された。ストッキングを脱がせながら右膝にしてくれたキスと額の感触。

言ってしまえば彼はものすごく倫理的であったのだ。そう、ナスターシャ・フィリポヴナのような倫理。20歳の誕生日を一人で過ごすことに絶望した少女に、少しばかりの優しさを、いや、心からの優しさを与えてくれたのだ。そこに愛など微塵もなかったが。きっとこうして5人の女性と一度に付き合っていたのだろう。彼の快楽のためではなく、孤独な女の子たちのために。

 

 

 

氷が溶けて薄まったアイスティー、ぐっしょりと汗をかいたグラス、ぐちゃぐちゃに丸められたストローの紙袋。そんな夏。

 

それは三時間を超える二度目の延長戦。

 

夏の風物詩。蝉の鳴き声や茹だるような日差し、海、砂浜、グレープフルーツの香りの香水。

わたしの夏はいつも違った。ガンガンにクーラーの効いたカフェ。半分凍ったマンゴー味の飲み物。

 

平成最後の夏の最後の日の話をしよう。

表参道のカフェに向かい合って座ったわたしたちはもう完全に、どうしようもないほどに煮詰まり返っていた。ちょうどこれから夕立が降りそうな蒸し暑い外の空気のように。

目の前に座ったあなたはテーブルの上に両肘をついてその二つの手を顎の下で組んでいた。真っ白でまっすぐな綺麗な指。綺麗に切り揃えられた爪。


最初の手の記憶とはいつだったか。

それは雪の降る冬の日、スーパーから野外駐車場に向かう道中繋いでくれた父親の手。暖かくて大きくて、分厚くて柔らかい手。コートのカフスボタンにわたしの髪の毛が絡まって、それを優しく外して頭を撫でてくれた手。


それ以来わたしは異性の手というものにー場合によっては同性の手にもー執着するようになった。親しくなった人の手はみんな覚えている。写真を見れば誰の手か見分けがつくくらいに。

その顎の下で組まれた10本の指に手を伸ばした。その手は滑らかで柔らかで、しかし左手の人差し指から小指までの指先だけは皮膚が分厚く、硬くなっていた。

 

「貴族の手ね。ペンより重いもの持ったことないでしょう。」

 

わたしは自分の手が嫌いだ。関節は骨ばっていて、指はずんぐりと太く、手のひらはぷっくぷく。とてもじゃないけど、その手の持ち主が美人だなんて想像はつかない。

 

「そんなことはないよ。流石にペンより重いものは持ってるよ。楽器とか。」

 

彼もわたしも、いわゆる「苦労せずに育った屈託のない子供」であった。側から見れば。

家が裕福だとか、家庭環境が良好だとか、親からどれだけ可愛がられたかなんてことで人の苦労なんて測れない。金持ちの息子もアフリカの孤児も言ってしまえば同じように選べなかったのだ。自分の環境を。人がいちばん闘わなくちゃいけない相手は自分自身なのであって、辛いかどうかは自分の心が決める。

その苦しみを屈託のない笑顔の裡に引き受けていたことを、わたしたちは互いに、一目見ただけで理解できたのだ。ナスターシャの描かれたロケットを見て涙を流したムイシュキンのように。

 

苦しみを理解できたところで救うことは簡単ではなかった。ムイシュキンでさえ、最も美しい、最も尊い人間でさえもナスターシャを救えなかったのだから。

互いが長い間に育ててきた玉ねぎのような心の殻をひとつひとつ剥いていくことは相当な手間と時間がかかるだろうし、剥き終わったところで玉ねぎと同じで中心には何も残らないかもしれない。われわれはどこから来たのか。

 

結局延長戦は決着がつかないまま終わってしまった。頬に触れる唇の感触だけを残して。