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ことばの貯蔵庫

屈託のない「良い子」を演じる

 

文章を書き続けていないと自我を保てない。

 

はじめて自分の屈託のなさが演技であることに気づいたのはいつだったか。

それはすなわち、わたしと世界のズレに耐えられなくなった瞬間でもあった。

 

***

中学生、12歳から15歳の男女は例外なく気が狂っている。ちょうど成長期に差し掛かり、体に対してやけに大きな手足を持つように、精神の方だって同じようにバランスが崩れて歪んでいる。その不安定さはどこか美しい。

 

3限の始業チャイムが鳴ると同時に保健室のドアを開けた女子生徒がいた。度の強い黒縁の眼鏡をかけ、スカートは膝丈、第1ボタンをきちんと留めた、いわゆる優等生。

 

そのきちんとした服装と対照的に、彼女は驚くほど顔色が悪かった。

「お腹が痛いんです。」

彼女が本当にお腹が痛かったのかはわからない、あるいは仮病かもしれなかった。しかし少なくとも、これから五十分間、狭い教室の中に同世代の男女四十人と共に閉じ込められることに耐えられないことは明らかだった。

「じゃあとりあえず一時間お休みしようか。」

彼女はおとなしく、そして申し訳なさそうに頷いた。

 

それから週に一、二度彼女はやってきては、頭が痛い、お腹が痛いと言い、授業を一時限ずつ休んでいくようになった。しかしそれでも絶対に自分から「休みたい」とは口に出さなかった。恐らく、出さなかったのではなく出せなかった。

 

そうして顔を合わせていくうちに、彼女は自分の境遇というものを少しずつ語りはじめた。仲良しグループの一人に、性格がいいことを理由に仲間外れにされ、他のクラスメイトのグループに入ることも出来ず、学級委員であるはずなのにクラスに居場所がないこと。両親は姉の反抗期で散々疲弊したので、家の中では良い子でいるしかないこと。でもそんな気遣いに両親は気付かず日々彼女への要求は高まっていくこと。良い子にしていないと見捨てられるんじゃないかと恐れていること。

 

状況は悪くなる一方だった。保健室に逃げ込むのは週に一度だったはずが気付けば一日一日と増えていき、朝登校すると始業まで顔を出し、挙句昼休み丸々をそこで費やしたりもした。授業も毎日必ず一時限は休むようになり、担任やクラスメイトの視線がまたさらに彼女を教室から遠ざけた。当然勉強どころではなく、常に10位以内に入っていたはずの定期テストの順位は30位も落ち、母親からの締め付けもより強くなった。

10月のある日、冬服の袖口から見えたのは数本の赤い線だった。彼女はそれをあからさまに隠しているように見せかけて、見せつけてきた。私が手首を見せるように言うと、反対の手を出して必死に抵抗し、さらには泣き出す始末だった。

 

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ささやかで可愛らしい呪い

 

またひとつ、感情が死んだ。

 

かの有名な作家は、悲しみに関して次のような言葉を残している。


どのような真理をもってしても愛するものを亡くした哀しみを癒すことはできないのだ。どのような真理も、どのような誠実さも、どのような強さも、どのような優しさも、その哀しみを癒すことはできないのだ。我々はその哀しみを哀しみ抜いて、そこから何かを学びとることしかできないし、そしてその学びとった何かも、次にやってくる予期せぬ哀しみに対しては何の役にも立たないのだ。

 

悲しみには耐性がついたと信じ込んでいた。もうどんな悲しみにも絶望にも負けることはないと思っていた。しかし耐性がついていたのはシチュエーションに対してであって悲しみそのものではなかったのだ。つまり悲しいと思うことが少なくなっただけであって、悲しくなってしまった後に関しては耐性など一切ついていなかったのだ。

 

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別の作家の悲しみの話。

 

ものうさと甘さが胸から離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しくも美しい名前をつけるのを、わたしはためらう。その感情はあまりに完全、あまりにエゴイスティックで、恥じたくなるほどだが、悲しみというものは、わたしには敬うべきものに思われるからだ。悲しみ―それを、わたしは身にしみて感じたことがなかった。ものうさ、後悔、ごくたまに良心の呵責。感じていたのはそんなものだけ。でも今は、なにかが絹のようになめらかに、まとわりつくように、わたしを覆う。そうしてわたしを、人々から引き離す。

 

人の持ち得る感情の中で最も我儘で、最も美しい感情なのかもしれない。«патетический»。悲しんでいる自分を外から見ることによって救われる。美しいのであれば自分の感情なんて関係ない。

 

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わたしの絶望は都営地下鉄と共にある。

 

一度目は忘れもしない朝の大江戸線。不可逆性。甘さ。頭でその状況がいかに絶望的か理解する前に、すでに心で何かを感じ取っていた。その底知れぬ違和感は涙になってこぼれ落ちた。

 

望みがあるから絶望する。他人に絶望させられらのではなくて、自分が絶望へと向かう土台を作っているのだ。全ての感情の原因は自分にある。全ての、望みを持つという行為は絶望への土台作りに他ならない。一秒先に全てがひっくり返る可能性を常に忘れてはならない。

 

***

 

多義的な会話。多義的すぎる会話。

 

一度目、吐き気。一見充実して気持ちのいい会話によって実存を脅かされる。蓋をして忘れかけていたはずの思想と感情を掘り起こす。固まったはずの地面は再び泥沼に帰した。

二度目は期待。自分でも気付かない本質に辿り着けるのかもしれない、歪みのない鏡がそこにはあった。救い。

三度目、絶望。この話が悲劇に終わることはきっとずっと昔から決まっていたのだ。ずっと昔から。あるいは6年前、あるいは地球が出来た時から。

一方にとっての始まりは他方にとっての終わりだった。それだけの話。ようやくスタートラインに立ったと思ったら、それは行き止まりだった。持っている言葉を出し尽くして始めて、本質を理解し始められると信じていたのに、言葉を出し尽くしたら何も残っていなかった。マレーヴィチ的イコン。額縁の効果。見せつつ隠す。でも隠してたものには実態はなかった。絵を剥がしたらそこには虚無しかなかった。

 

わたしの本質を理解できる人間などどこにもいないのか、それとも本質などそもそも存在しないのか。どちらにせよ絶望するしかない。そして二度と期待しない。役を演じ続ける。諦めと自覚。21世紀の至上命題。

 

息子の元恋人に自分の恋人を取られる #とは

 

心臓に悪い戯曲。なぜなら登場人物に共感すれば作者に笑われるから。喜劇なんだってさ。

 

人生は喜劇らしい。ご当人からしたら悲劇でしかなくとも、神様から見たら全部喜劇。神様はきっと嘲笑ってるんだ。どんなに我慢強く頑張って、死んだ後に神様にそのことを話したところで憐れんでなんてくれないんだ。悲劇のヒロインってウケるもんね。

 

頑張って生きたらこの世では報われなくても神様がわかってくれるとか、天国に行けるとか、次も人間になれるとか、そんなもの、そうやって、頑張ったから報われるだろうなんて考えるのはエゴ。自己満足。

 

人生の目的とは。何のために生きているのか。何のために必死こいてお金を稼いでそのお金で着飾ったりいい化粧品を使ったり本を買って知識を得たりするのか。

 

わたしは頑張ったって思って自己満足。

 

自分は今までやりたいことをやりたいだけしかやってこなかった、なんて言える人は本当にすごい。

 

自己愛がこじれていない人間。

 

来る日も来る日もやるべきことに追われて疲れて投げ出したくなったらチェーホフの登場人物のことを思い出す。Надо постоянно работать.

 

実際忙しい方が時間は増える。一日中暇な日なんかは結局何もしないで時間を失うだけ。あんまり寝ると脳みそが頭蓋骨にくっついちゃう。

 

わたしはソーニャだから可愛くないし男運はないしどちゃくそ不器用だけど勤勉に働くのよ。怠惰な美女に欲しいもの全部持っていかれたとしても。

 

あの人には感受性では一生勝てない。

 

ベンヴェヌート・チェッリーニ的寄せ集め

 

ヒント、ローマの謝肉祭。

 

下書きにあった書きかけの記事のタイトル達をここで葬ることとします。きっと出来たものは、ヴァチカンに飾られたらなんてしないけれど。

 

 

サリンジャープロテスタンティズム

ーあれだけ仏教の話をするのに「チキンスープを飲め」だなんて。

 

映画のことはよく分からないけどエイゼンシュテインの話がしたい

ー『ストライキ』を観ておもったこと。日常生活でもモンタージュ的に騙されていることってたくさんある。録画編集技術が進歩したことで映画というものの芸術的価値は薄れているのでは。と思ったけど白黒映画だって当時は別に芸術じゃなかった。芸術とは時間によって生まれた鯖や苔のようなのかもしれない。「現代の芸術」とは「未来において芸術と見做されそうなもの」を予測しているに過ぎないのかも。

 

11月の雨、花嫁の死と砂漠の中の教会

ーガンズアンドローゼスってバンド、知ってます?

 

「幸せ」と書いて「背徳」と読む

ーフォアグラが美味しいのは体に悪いからなのかもしれない。

 

 Happily, some of them kept records of their troubles. You’ll learn from them—if you want to.   

ーこれが何の引用か分かった人には何かいいものをあげます。本と共に10代を過ごした人しか信じない。

 

神は死んだ、東の帝国も沈んだ、言葉は不透明だし自然科学は人を幸せにはしてくれない

ー21世紀に対する緩やかで甘美な絶望感を村上春樹的タッチで。

 

真冬のペテルブルクで真夏の東京を思う

ー「8月の熱帯夜に、少し酔っぱらって歩く新宿三丁目は、とてつもなく蒸し暑くて不快な代物であったはずなのに、なぜか恋しくて仕方がなくて、幾度となく思い出してしまう。」

 

近いものは愛せない。ロマン主義的人間は日常生活においては避けられる傾向にある。

ーイワン・フョードロヴィチの言うことは正しかった。ロマン主義者は遠くから見ているから美しいのであって、結婚とかは遠慮したい。

 

深夜二時、赤い薔薇の花で花占い。

ー最近流行りの元Twitterポエマーの小説について。彼の矛盾はロシア・アヴァンギャルドが抱えていた矛盾に通ずるところがある。

 

結論、タイトルだけは考えるの得意。

 

留学体験記

 

5月に書いた留学体験記。フィクション。続きは気が向いたら。

 

 かつて一世を風靡したその女優は、その年の冬、一時期はもう回復不可能とも思えるほどに精神を病んだ。それは特に驚くべくことでもなく、一年の殆どを雨に覆われた街で、その上冬の日照時間が一日六時間と来れば、普通の人間なら、殊、繊細な感性を持ちあわせた芸術家ともあらば、当然、何かしらの影響を受けて然るべきだった。

 もう一週間以上も彼女が引きこもり続けている部屋は完全に荒れ果て、花瓶に生けられている薔薇の花は、とっくに枯れ、その花弁は机の上に散乱し、壁に貼られたお気に入りの絵葉書はテープが剥がれかけ、かろうじてぶら下がっているという有様だった。完全に落ちることすらできない絵葉書のように、彼女も死ぬ気力さえをも失い、かろうじて息をし続けていた。

九月はすべてが順調だった。新しい部屋、新しい隣人、新しい生活、劇場はどこも新シーズン、を迎え、昼は公園や美術館を散歩し、夜になれば劇場に通うか、友人達を部屋に呼び、一晩中歌って踊り飲み交わすという、極めて享楽的な生活を送っていた。

十月、街から目新しさが消えた。。何時しか彼女は醜いものばかりが目に入るようになっていた。中央アジア訛りのロシア語を話す男に夜中部屋のドアをノックされ、友人はバスで財布を盗まれた。誰かが捨てた煙草の吸殻でごみ箱が燃えた。

十一月、冷たい雪とともにやってきたのは、柔らかな絶望だった。街はモノクロで埋め尽くされ、明るい緑色をしたその町のランドマークも、もう見る影がなかった。寒空の中、色を失った無機質な街を散歩する意味も見いだせず、気付けば肌の色は夏に買ったファンデーションより白くなっていた。無数の亡霊が溢れかえる街の片隅で、彼女もまた、生きていながらも亡霊のようで、かつての大女優の面影はどこにも見当たらなかった。

 

その日彼女の部屋のドアをノックしたのは、イリーナという女性だった。彼女は大学時代に知り合った日本人男性の妻だ。

「夫が、誰もあなたと連絡が取れないって言ってたから心配していたのよ。案の定、初めての冬が相当応えていたようね。はいこれ、ざっと一週間は何も食べてないわね。」

そういって彼女は両腕に抱えた紙袋をおもむろに押し付け、雪道で泥だらけになったブーツを脱ぎ、そそくさと部屋へと入っていった。

 

 

 

生の牛乳っていまだに飲めない。

 

苦手を克服することは果たしていいことなのか。ただ感性が鈍感になっただけのことかもしれない。ただし鍛えることによっておいしさがわかってくるものがあるというのも事実。例えば山羊のチーズとか。

 

以前「読むと体に泥を塗られているような気分になる」と形容した作家の作品を難なく読み進めている。当時泥でもなんでもないものにアレルギー反応を起こしていたのか、あるいはすでに首まで泥沼に浸かっているのか。

 

「頭が悪いので難しいことはわからないです」という発言の正しい訳は「私は本質にしか興味がないからくだらない質問をするな」というのは意味である。

 

恋など存在しないのかもしれない。恋愛なんて選択肢と、コンプレックスの問題。コースチャがマーシャを選ばないのもマーシャがメドヴェジェンコを選ばないのもより上位の選択肢があるから。下位互換で妥協。

 

じゃあもしあの選択肢とあの選択肢が突如として私の前に現れたとしたら?と思ったけどそもそも誰も誰かの下位互換ではなかった。文学ってどこまで真理なのかしら。

 

 

なんだかんだ言って思い出が一番強い。

 

ドストエフスキーって皆が思ってるほど高尚なものは書いていないわよね。

 

作家の筆から垣間見える欲望について。

 

「慣れ」の弊害は「普通」の感覚を忘れたこと。

 

夏の夜の新宿は特別。

 

この世にもういない大切な人の話、生きていた頃の話もどれだけ彼女のことを好きだったことも話せるのに、この世にいないっていうことがどうしても口に出せない。もう5年も経ったのに。

 

私の頭の中には理性さんと感情さんがいて、感情さんの方が強い、というか、感情さんが理性さんに甘やかされている。理性さんも感情さんが何を言いだすかはわからない。人から見たら一貫性がないかもしれないけど全部私。矛盾してるとか言われても困る。

 

自己矛盾のない人間は人間じゃないらしい。ドストエフスキー先生曰く。

 

そろそろきちんと1本筋の通った記事を書きたい。またはフィクション。